さつま町の未来に
投票することだ。
誰かの仕事が、この町の明日をつくる。
さつま町という場所を、知っていますか。
鹿児島県の北部、紫尾山の麓に広がる里山です。人口は約2万人。過疎化が進む地方の小さな町のひとつです。でもこの町には、何十年も前から、牛と向き合い続けてきた一家がいます。
福永畜産——3代にわたって黒毛和牛を育ててきた牧場が、今も静かに、しかし確かに、この町の空気を作っています。
誰かの仕事と、どこかの町の未来を
少しだけ決めているとしたら——。
生産者の手元に残るのは、いくらか
和牛が小売店で1万円で売られているとき、牛を育てた生産者の手元に届くのはどれくらいだと思いますか。
そして、その金額からさらに——人件費、餌代、施設費、医療費、光熱費といった会社経費が引かれます。「生産者の取り分」は出発点であり、それが純利益ではありません。
(生産者の受取額)
2,000円
(生産者の受取額)
6,000円
どちらの場合も、受取額からさらに引かれるもの
人件費・毎日の餌代・牛舎の施設費・獣医師への医療費・光熱費・設備維持費……
牧場を動かすための経費は、一般流通でも牧場直営でも変わりません。
受取額からこれらすべてを差し引いた後が、実際の純利益です。
「受取額」は流通後に生産者が受け取る金額であり、純利益ではありません。 いずれの場合も、経費を差し引いた後の純利益は受取額よりずっと少なくなります。 流通形態の違いは「受取額の出発点の差」であり、 どちらが儲かるという話ではなく、品質への投資余力の差に影響します。
何年もかけて育てた牛が、誰の手を経て、いくらで食べられているか——生産者が知らないのが、長年の業界の構造でした。
そして、どの牧場も同じです。流通で受け取った金額から、人件費・餌代・施設費・医療費・光熱費といった経費を差し引いて、初めて純利益になります。福永畜産も、この現実の中で経営しています。牧場直営だから楽、ということはありません。
それでも「売るところまで自分でやろう」と決めたのは、品質と価格を自分の言葉で説明できる場所を持つためです。仲介が増えるほど、生産者は価格決定から遠ざかる。その構造を少しでも変えたい——それが、福永畜産の選択でした。
肉を選ぶことは、未来を選ぶことだ
MUFA値を高めるための飼料開発、ICT管理の設備投資、炊き餌のための手間——これらはすべてコストです。適正な価格で届けられることで、「いい牛を育てるほど報われる」という循環が生まれます。
福永畜産の売上は、地元農家との飼料連携、スタッフの雇用、地域の教育・スポーツ振興へと循環していきます。牧場が元気であることが、さつま町が元気であることにつながります。
牛の排泄物は良質な堆肥となり、地元農家の田んぼへ。その田んぼで育った稲が、また牛の飼料になる。さつま町の里山で、食の循環が静かに続いています。
後継者を育て、技術を伝え、この土地で牛を育てる文化を続けること。それが「今ここで買う」という選択と、細い糸でつながっています。
さつま福永牛の一頭一頭が、この循環の一部を担っています。
安さだけを選ぶことが、誰かの何かを終わらせる
はっきり言います。安い肉を選ぶことは悪いことではありません。でも、どこかに不当に安い肉があるとしたら、その「安さ」はどこかの誰かが負担しています。
生産者の取り分が削られているか、飼育の質が下げられているか、地域の雇用が失われているか——必ずどこかのしわ寄せです。
価格が安い代わりに
- 生産者の取り分は15〜20%
- 誰が育てたかわからない
- 品質向上への投資が続かない
- 地域経済への還元が薄い
価格の根拠が見える
- 生産者の取り分が適正に確保
- 誰が、どう育てたかわかる
- MUFA62%・融点13℃の品質維持
- さつま町の循環農業を支える
「高いから買わない」という選択は、もちろんあります。でも「なぜこの価格なのか」を知った上で選ぶのと、知らずに選ぶのでは、食卓の意味が変わります。
さつま町の未来に
投票することだ。
デモに参加しなくていい。
ただ、食卓で「どこから来た肉か」を、少しだけ気にかけてほしい。
それだけで、さつま町の一頭の牛の未来が、少し変わります。
一頭一頭に目を配る牧場主の背中、
田んぼに散った堆肥が、春の稲になる朝——
あなたの食卓は、その風景とつながっている。
繁殖から育成・加工・販売まで、すべて自分たちの手で。
カット直後に瞬間冷凍。切りたての状態で、あなたの食卓へ。
あなたの一回の購入が、さつま町とつながっています。
さつま福永牛 公式オンラインショップ | satsuma-fukunaga.raku-uru.jp